ハラスメントを哲学する(2025/8/28)
―人間・労働・協働・言語・コミュニケーションの視点から―
1. ハラスメントとは何か
ハラスメントは単なる「個人間のトラブル」ではなく、人間の生命活動である「労働」と、労働を成り立たせる「協働」の在り方に根本的に関わる問題です。労働は一人で完結するものではなく、常に他者との関係性のなかで営まれます。その関係性を取り結ぶ媒介が「言語によるコミュニケーション」です。したがって、ハラスメントの問題は、コミュニケーションの問題であり、協働の在り方を問い直す哲学的課題でもあるのです。
2. ハラスメントの本質
- 力の非対称性:上司と部下、正規と非正規、男性と女性など、立場の違いから生じる力の差が背景にあります。
- 言語の暴力化:言葉は本来、他者と理解し合うための道具ですが、相手を沈黙させるための武器にもなり得ます。
- 協働の破壊:ハラスメントは単に被害者を傷つけるだけでなく、職場全体の協働関係を壊し、組織の生産性を低下させます。
3. 哲学から見たハラスメント
マルクスは『ドイツ・イデオロギー』において、人間は「社会的存在」であり、その本質は他者との関係の中で形成されると述べました。ロジャースは「人間は理解されるとき成長する」と説きました。
ハラスメントとは、まさにこの人間の根源的な在り方――「他者とともに生き、働き、言葉を交わす」という営みを否定する行為です。哲学的に言えば、それは「人間存在の否定」にほかなりません。
4. 対策の方向性
- 人間尊重の徹底:「相手は私の鏡である」という自覚を持つこと。
- 協働の再構築:労働は成果のための手段であると同時に、人間の相互承認の場でもあるという理解。
- 言語の再生:言葉を相手を支配する手段ではなく、相互理解と共感を生み出す媒介として取り戻すこと。
5. 結論
ハラスメントは「禁止すればなくなる」という単純な問題ではありません。それは人間存在の根源に関わる問いであり、職場という社会の在り方を映す鏡でもあります。だからこそ、私たちはハラスメントを「哲学する」必要があるのです。
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