アルバート・エリスのABC理論(2025/11/3)
産業カウンセラーの研修がありました。今回はアルバート・エリスの「ABC理論」でした。以下、簡単に紹介します。
私たちは日々、さまざまな出来事に直面します。注意を受けたり、誤解されたり。同じ出来事でも、ある人は冷静に対応でき、別の人は深く落ち込んでしまう。この違いはどこから生まれるのでしょうか。
心理学者アルバート・エリスは、こうした人間の心の働きを「ABC理論」という形で説明しました。これは、感情や行動の背景にある“思考の構造”を明らかにする理論で、1950年代以降の認知行動療法の出発点となった考え方です。Aは「出来事(Activating Event)」、Bは「信念・考え方(Belief)」、Cは「結果(Consequence:感情や行動)」です。
私たちはしばしば、「A(出来事)」が「C(気分)」を直接つくると思い込みます。しかし実際には、その間にある「B(受け止め方)」こそが決定的な役割を果たしています。
たとえば、上司から注意を受けたとします。Bが「自分はいつも失敗ばかりだ」という思考なら、Cは“落ち込み”や“自己否定”になります。一方で、「誰でもミスはある。次に活かそう」というBを持っていれば、Cは“改善意欲”や“冷静な行動”となります。つまり、感情は出来事の反射ではなく、意味づけの結果です。この「意味づけの過程」こそが、脳の中で情報処理される“思考”なのです。
エリスは、ストレスや不安の多くが「非合理的信念(iB)」によって生まれると考えました。「完璧でなければならない」「他人に認められなければ価値がない」――これらの考えは社会的経験の中で形成され、本人にとっては自明の“前提”として働きます。しかし、そのような前提は現実と乖離しやすく、過剰な緊張や無力感をもたらします。そこで、エリスは「合理的信念(rB)」――つまり、現実に即した柔軟な思考への修正を提唱しました。
非合理的信念(iB) → 合理的信念(rB)
完璧でなければならない → できる範囲で最善を尽くせばよい
失敗は許されない → 失敗は改善の情報である
人に嫌われたら終わりだ → すべての人に好かれる必要はない
この考え方は宗教的な“心の救い”ではなく、人間の行動を支える思考過程を科学的に分析し、再構成する試みです。感情は脳の神経活動の産物であり、その基盤には学習・記憶・価値判断といった機能が働いています。B(信念)は、その機能が生み出す「認知の枠組み」にほかなりません。したがって、Bを変えるとは「自分を信じ直す」ことではなく、自分の情報処理の癖を理解し、現実に合う形に更新することです。
唯物論の立場から見れば、人間の思考も感情も物質的な過程――つまり脳の活動です。けれども、その働きを理解し、変えていくのは“自分自身”です。そこにこそ、人間らしい主体性があります。アルバート・エリスのABC理論は、「心を変える」というよりも、人間がどのように現実を認識し、どうすればより適応的に行動できるかを示す科学です。
ストレス社会を生きる私たちにとって、この理論は特別な信仰や理想を求めるものではありません。むしろ、現実に立脚し、「どう考えると合理的に生きられるか」を問う、人間の理性に基づく実践的心理学なのです
